外国人介護士に関するニュースからまた考える

 外国人介護士については、先日この枠で申し上げましたが、再び「外国人にも介護の仕事を 学習の手引き作成へ」というニュースからもうちょっと考えてみたいと思います。

 

 この記事で一番の読みどころは 『インドネシア人の女性はスタッフに対して、「日本語のほかに、なぜこの作業がお年寄りに必要なのかを、理解することが難しく苦労する」』というコメントと、日本介護福祉士会の『日本の介護のよさを理解して介護の技能を身につけてもらえるよう支援したい」』というコメントのギャップです。これが外国人介護士受け入れ問題の全てを物語っているように感じます。

 

 これは、介護技術を習得する上で、誰もがぶち当たる苦労があるにせよ、日本介護福祉士会が「おもてなしに代表される日本人のきめ細かさや技術の高さは世界で認められており、それが万人に通用する」という、風潮に飲まれ過ぎているのではないか?という印象を受けます。

 

 この溝を埋めるには、その日本人特有のきめ細かな配慮や技術の高さは、受け手側だけでなく、なり手側の「誰の求めによって行われ、誰によって成り立っているのか?」「その配慮(作業)はなぜ必要なのか?そもそもそれは本当に必要なのか?」という点も考えなければならないのでは?と感じています。

 

 このまま我々が「なぜこの作業がお年寄りに必要なのかを、理解することが難しく苦労する」ことを放置すれば、外国人介護士は母国に帰国するか他国へ流れてしまうのではないでしょか。

 

 最後にとあるブロガーが言っていたこの言葉で〆たいと思います。

 

 「日本は観光するには最高の国だか、働くには最悪の国だ」

(知)